幼稚園~バス停という狭い社会

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ママ友も幼稚園ママも社会なんですがとても狭い社会なんですよね。
女ばかりの狭い世界…どろどろしないわけがないですよ

目次
・幼稚園~バス停という狭い社会
・発表会
・次女や三女の時には…
・幼稚園~先生

幼稚園~バス停という狭い社会

最近高校の委員会の定例会に出て幼稚園の話が出て最近の幼稚園は昔と違うのね~なんて話をしてました。そういえばもう長女で12年前、三女で7年前も前だということに改めて時の流れを感じました。今でもボスママとか、幼稚園でのトラブルとか話が出ると変わらないなあ…なんて思い出しちゃいました。

長女が幼稚園に入ったとき最初はバス通園をしていました、そのバス停にいたんですよね、ボスママが。お金持ちだし、いつもブランドのものを持っていて、そんな安物よ~って言ってましたね。とにかく集まりが大好きで子どものために参加しないといけないと思い参加してました。

基本は料理持ち寄り…そうです、料理自慢大会の始まりなんですよ。予算とか人数とかも当日までお知らせされません。ただおいしいものを作っていかなければならない…そんな集まりが2か月に1回の頻度でやってくるわけです。

今みたいにインターネットも普及していない時代、そう本屋に行って調べるんです。子どもたちも大勢来るし子供向けの料理で行こう、そう思ったのですが、子どもたちにはかわいい~♪と、とても評判でした。が、言われた言葉が「子どもっぽいわね~、まあおきくさんが若いからしょうがないんでしょうけど」と言われたのを今でも覚えています。

そう…なぜなら子どもは同級生でしたが彼女は20歳以上違ったんですよね。そこから彼女の言葉のいじめ?のようなものが始まりました。

幼稚園終わってバスから降りてきて目の前が公園だったので子どもたちと遊んでいると「おきくさんは若いから子どもの遊んでいられるのよね~」なんて言われたりしましたね。特に何も言わずほっといていたのですが彼女の逆鱗に触れる出来事が…。
そう、幼稚園でのかなり大きな行事、発表会です。

発表会

クラスで劇やダンスなどを先生の配役で行うんです。ある時バス停から降りてきたそのボスママの子どもが、「今日発表会で劇の役が決まった~!」と、お母さんたちは興味津々です。そのバス停で同級生はみんな同じクラス、女の子6人。

そのときに劇は一寸法師、一寸法師の姫はうちの長女だったんです。そしてボスママの子が「私は姫様の使い」とそうほかの子はみんな姫様の使いだったのです。

そこからエスカレートしていきました。最後は子ども同士でもトラブルになり、向こうの子どもがバスの中で腕をつねってくると長女が言い出しました。2~3回続いたので園に相談して様子を見てもらったのですが先生の前ですることはなく…長女も幼稚園に行きたくないと言い出しました。

結局ちょっと遠かったのですがバス通園をやめて園に送り迎えをすることにしました。そうしたら新しいお友達もできて楽しく通うことができたんですよね。私も新しいママ友もできて本当によかったと思いましたよ。

バス停での出来事も今なら社会勉強と思えますしね。私のいけなかったところは彼女に媚を売ったりすることができなかったんですよね。そのせいなのかもしれないですけどね。

次女や三女の時には…

次女のときはとくにもめ事もなかったなあ…ある意味園に来たくないってお母さんも多かったのかもしれないですけどね。 これが三女になるとなんでしょう…園に要求をするお母さんが多かったですね。

運動会に対して、通ってた園は運動会をグラウンドでやるのですが上履きでやっていました。特に何も思わなかったのですが理由は白ソックスで白い上履きで揃えたかった、だと思っています。ただそれに対し保護者が普通の運動靴でいいじゃないですか?と

園側は譲らなかったですけどね。ちょうど駿足という履くだけで足が速くなるという靴など出始めた頃だったんですよね、園としては白で統一したいの一言で終わりましたけどね。

そして運動会当日…そう彼女は上履きを忘れたを口実にそのグリップがよくきく靴を履いてきたんですよね。翌年の運動会はまあ同じ手を使うママさんが増えてましたね。今現在ですが子どもたちも卒園し離れて数年ですが園もだいぶ変わったとのことでした。

当時あったバザーがなくなったそうです。前に先生にお会いしたときに聞いたのですが理由は体育館をその間使えなくなってしまって園の通常の時間に影響してしまっているから…だそうです。

バザーが近くなると皆さんから集めた品を置いておく場所として体育館の隅に置くのですがどうやら隅ではなく体育館全部に広げてるんですって。で、運動ができないって先生から役員さんに伝えると「私たちは園のためにやっているんですよ!それなのに無茶言わないでください」と言われたそうです。

そして次の年からバザーは亡くなってしまいましたと言ってました。私も役員やっていた時にバザー本当に大変なんですよ、品物を分けなきゃいけないしその都度隅っこに片づけなければいけなかったし。たしかに遅くまでやっていて大変でしたけどね。でもみんなで活動するので楽しかったですけどね。

幼稚園~先生

3人子どもを幼稚園に通わせて先生もまた違いましたね。お寺の幼稚園だったのでとにかく躾にきびしかったです。上の子のときは今では考えられないかも?と思うほどでしたね。お弁当を残すなんて考えられない!という感じでした。

苦手なものがあって食べられないって言ってる園児にご飯でくるんで食べさせるとかも普通でした。特になにも問題も起きなかったですけどね、それが次女のころくらいから残しても怒られないという風になったんですよね、三女のころにはお弁当には嫌いなものを入れないで下さいと言われるようになりましたね。
時代なんですかね…。

ただ幼稚園の先生って本当に大変ですよね、上の子の時の担任の先生が退職してかなりたちますが今も年賀状をくださるのですがその年賀状が手書き、しかも折り紙で折った雪だるまとか年賀状をくださるんですよね。そこに手書きで文章を書いてあるんです。でも卒園児っていっぱいいいるわけじゃないですか?幼稚園のころから本当にかわいらしい先生で本当に尊敬してます。

次女のときに担任になった先生がまさか入園式で次女の名前を呼ぶときに○○って呼んで、返事をしなかったんですね、でも先生がもう一回○○って呼んで次女は返事をしませんでした。なぜかって長女の名前だったんですよね。それをほかの先生に指摘されて、入園式が終わってから担任から「すいませんでした~!」となぜなら名簿も靴箱の名前も長女の名前で作ってあったんですよね。

半年後…運動会で親子競技があって並んでて担任が○○いくよ、ってそう…また長女の名前で呼ばれてしまったんですよね。次女にとってはたまったもんじゃなかったでしょうに…。三女のときはベテランの先生だったので平和に過ごしましたね。そんな幼稚園生活をふと思い出しました。とても懐かしいです。なんだか5年なのにとても違っていたなあと思います。

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