【再婚】それは2倍の喜び

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私は13年前に離婚して、授かった3人の子供を男で一人で育てる覚悟を決めました。それは私が27歳の秋、1度目の妻と四年半の結婚生活に終止符を打ち、妻は出て行きました。実家での二世帯暮らしの為、私の仕事や幼い子供の幼稚園などの行事は母親へお願いする事が出来たのは幸いでした。

小学校までは母親におんぶに抱っこ、それでも若かった私は、恩を感じながらもおばあちゃんをお母さんと思って接する私の子供たちに違和感を感じ、しかも私の母親は孫たちにお母さんと呼ばせている事に腹を立てけんかになる事もしばしばありました。

私も大きな行事は仕事を休んで少しでも親の仕事をするんだと言う母親へのアピールも含め、参加しました。お母さんたちしかいない年度末の慰労会にも参加しました。そんなこんなで3年が経過しようとしていた時に、運命の出会いがありました。

次女の同級生のお母さんに私の中学の一つ先輩の人が居ました。しかも、私が中学時代ちょっと憧れていた人でした。バスケ部だったころ、野球部だった私はいつも体育館を覗き、少しぽっちゃりでしたが巨乳だったその先輩に憧れていました。

私が付き合えるはずもない絶望感も感じるくらいでした。それが、15年の月日を経て同じ年の子供の親として再会できたのは奇跡です。そんな勢いで私はその先輩に近付き、何とか付き合う事に成功しました。しかも、先輩の子供は男の子でとても私に懐いてくれました。

逆に私は娘二人なのでお母さんが出来たみたいでとても喜んでいました。私の末っ子は男ですが、兄が出来たようで喜んでいました。それから半年後、私と先輩は入籍しました。私は当時、7歳・5歳・3歳の子供、先輩はおなじ7歳の子供が一つ屋根の下で生活を始めました。

最初は、私の両親の意向でいきなり4児の母になるのは大変だと言う事で私の実家へ同居するよう条件を出してきました。それまで3人の親の気持ちで育ててきていきなり血も繋がっていない人に取られる気持ちもあったのでしょう。

彼女は最初、同居は嫌で一悶着ありましたが結局自分たちの幸せの為という事で、同居を容認してもらいました。それから3年、妻となった先輩はうつ病などにも苦しみ、他の5人で支え合ってきました。そして、私たち6人は実家を出て近くの借家へ引っ越しました。

やっと同居の柵から解放され、6人だけの生活がスタートしました。これまで以上に、私は妻を愛し、夜の営みも増え、何だかんだで今年の3月で再婚して10年になります。あえて再婚しろとは言いませんが、私の再婚は一度目より2倍の喜びがあったと今は言えます。

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