【保育園】東日本大震災直後の卒園式、涙が止まりませんでした

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名称未設定-1現在小学校3年生の娘が保育園を卒園した時、先生も保護者も皆、ある出来事を思い出していました。それは、東日本大震災が起きた日のことです。

娘がもうすぐ3歳になろうかという時、あの地震は起きました。
私たちは被災したわけではありませんが、電車が完全にストップ。
子どもたちを迎えに行くことができず、保育園への電話もつながらないという状況になりました。

わが家は幸い、夫が自転車通勤だったため、夕方のうちに子どもを迎えに行くことができたのですが、私は電車が動き出す夜中まで会社にとどまることに。
帰宅したのは夜中になっていました。

保育園の先生の話によると、その日、最後に迎えに来た保護者は夜中の12時を回っていたとのこと。
停電で真っ暗ななか、先生も子どもたちも保護者の方たちも頑張りました。

そんなことがあった日々を乗り越えて、ついに迎えた卒園式。
園長先生は、やはり震災のあった日の夜について語ってくださいました。
おにぎりを作って、みんなで食べたこと。暗いなかで必死に楽しいことを考えたこと。
皆、あの日のことはずっと忘れないとの思いで、卒園式を終えました。

でも、その余韻は式の後もつづきました。
卒園式後、卒園児と保護者と先生方とで謝恩会を開きました。
その際、保護者が1人ひとり保育園での思い出を語ったのですが、ある方がこうおっしゃいました。

その方はサービス業に従事されているので、震災時、お客様の無事を最後まで見届けなければなりませんでした。最後のお迎えは、その方だったのです。

そして、その方は涙ぐみながらこう言いました。
「なぜ、他人の安全ばかり見て、自分の子どもの顔を見られないんだろうって悔しくて・・・」
その言葉を聞いた瞬間、他の保護者も先生方も、思わずうつむいて嗚咽しました。

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共働きで保育園に預けていると、自分の子どもの安全を誰かに託しているという申し訳なさを感じてしまいます。もちろん個人差はあるでしょうが、大なり小なり、心のなかでそう感じている方は多いと思うのです。

そんな思いを抱えたまま仕事に勤しんでいたところを、突然襲った天変地異。
迎えに行けず、子どもの顔を見られない。子どもの無事を確認できない。
その方の言葉は、日頃から少したまっていた「子どもを預けて働くことの心理的ストレス」が、一気にあふれてしまったように感じました。

東日本大震災というたいへんな事態を乗り越えて、晴れがましい笑顔で迎えた卒園式。
東日本大震災に思いをはせて、「頑張ろう」と唇をかみしめて迎えた卒園式。

あの日、子どもを預けて働く同志たちの心がひとつになったような気がしました。

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